第12課 安河内アキラ

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2015年 第3期 聖書の宣教師たち
第12課 宣教とメッセージ

今週の聖句  Ⅰコリント1:22~24、Ⅰテモテ6:12、Ⅱテモテ4:7、Ⅰコリント15:12~22、使徒言行録15:38~41

今週の研究  信者に送られたパウロの13の書簡は、信仰を彼らの生活に適用しました。彼は教理的な話題とともに実際的な話題にも触れています。彼は、個人的な信仰の実践、人間関係、教会生活といった事柄について、助言し、励まし、勧告しました。それにもかかわらず、彼の書簡全体を通じての中心テーマは、「イエス・キリスト、それも十字架につけられたキリスト」(Ⅰコリ2:2)でした。
 私たちは今週、宣教とメッセージの両面からパウロに注目します。

日曜日:パウロは、宣教対象の人々の文化的、精神的伝統を退けるのではなく、十字架につけられたキリストを宣べ伝えるために、それを取っ掛かりとして用いました。しるしを強く求めた者たちは、イエスの生涯と働き、また初代教会の中にしるしを見いだし、論理的正確さや合理性を欲した者たちは、福音のメッセージを支持するパウロの議論の中にそれらを見いだしました。いずれのタイプの人々も、究極的にはただ一つのことを必要としていました。それは、復活されたキリストと「その復活の力」(フィリ3:10)を知ることでした。人々をその知識に至らせるパウロの方法は、彼があかしをする対象の人々によって決まりました。

火曜日:パウロは、彼の文書の中で「律法」という言葉を、礼典律、民事律、健康の規則、清めの規則などを指す幅広い意味で用いました。彼は、「律法の下にいる」(ロマ3:19)ことについても、「律法から解放されてい(る)」(同7:6)ことについても書き、「モーセの律法」(Ⅰコリ9:9)についても、「神の律法」(ロマ7:25)についても言及しています。こういった言葉や表現はユダヤ人以外の人には区別がつかないかもしれませんが、ヘブライ文化の中で育ったユダヤ人信者には、文脈がどの律法を意味するかを明らかにするでしょう。
 しかし、十戒によってあらわされた道徳律に関しては、別の話です。パウロは彼の書簡の中で十戒のいくつかの戒めを引用し、残りの戒めもすべての人(ユダヤ人のみならず異邦人)に対する普遍的な道徳上の要求であるとほのめかしています。罪の行為に反対すると書いたパウロが、まさにその罪を定める律法をおとしめるようなことはしなかったでしょう。

水曜日:残念なことに、キリスト教以外の宗教と同じように、伝統的キリスト教会の大多数も、人間の霊魂の不滅を強く信じています。しかし、パウロはこの思い込みに対して、次のことを繰り返し強調しました。
 ①神だけが不滅である(Ⅰテモ6:16)。
 ②不滅は、救われた者たちへの神からの贈り物である(Ⅰテサ4:16)。
 ③キリストが戻られるまで、死は眠りである(Ⅰテサ4:13~15、Ⅰコリ15:6、18、20)。
 死に関して、聖書の正しい理解だけが、こういった重大な欺きに対する唯一の現実的な防御です。また極めて残念なことに、この真理を受け入れることに最も強く抵抗を示すのは、他宗派のクリスチャンたちです。

パウロの宣教は「復活の主」を伝えることでした。彼はダマスコ途上で、イエスキリストから直接語りかけられました。それも、イエスを主とする人たちを投獄することを目的としていた彼に、主は語られました。いかに彼が、世界伝道の任に適していたとしても、果たして当時の教会がそのような選択をするでしょうか。敵対していた者を赦され、神さまの業のために用いる神さまの愛に、彼は応えたのでした。
 わたしたちも、いろいろな講演会などを教会で開きます。もちろんその中には、まず教会を知っていただくための教育や健康などの講演会もあるでしょう。けれどもわたしたちが最終的に伝えなければならないのは「復活の主」なのです。このことを忘れてはいないでしょうか。

 仕事柄、多くの方々の人生の最期に立ち会います。ご高齢の場合には、ご本人が何かをおっしゃらないことも多いのですが、見送る側のご家族がいろいろな想いを抱いていらっしゃることがあります。ある方のお別れ会(告別式)をさせていただき、準備をしている時に、ふと天国のことよりも、亡くなられたお母様は痛みや病との戦いから解放されて、ゆっくり休んでいらっしゃることをお話したら良いのではと思いました。そして過去の苦しみや痛みは、イエスさまが背負ってくださっているんですよと話しをしました。この約束が、このご家族にとっては赦しと苦しみからの解放になったのでした。
 すべての方々が一生懸命に生きつつも、うまく行かなかったことや、まちがいを犯してしまい、その痛みを背負って苦しんでいます。「疲れた者、重荷を負うものはだれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」(マタイ11:28) この赦しのメッセージが、天国や再臨のメッセージの前に語られる時に、復活の主が人々の心に伝わって行くのではないでしょうか。

セブンスデー・アドベンチスト教会

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